ワークマン・スタサプ なぜ他社は追随しないのか?
価格競争による不毛な消耗戦など企業間の厳しい競争に打ち勝ち、大きな利益を上げるためには「競争しない」状況をつくることが重要だと早稲田大学ビジネススクールの山田英夫教授はいいます。それを実現するためには「ニッチ」「不協和」「協調」の3つの戦略があります。ニッチ戦略はリーダー企業との競合を避け、特定市場に資源を集中する戦略。不協和戦略はリーダー企業の経営資源や戦略にジレンマを起こさせる戦略。協調戦略はより強い企業と共生し、攻撃されない状況を作り出す戦略です。この連載では、山田教授の著書『競争しない競争戦略 改訂版 環境激変下で生き残る3つの選択』(日本経済新聞出版)のなかから、戦略別に企業などのケーススタディをとり上げ、「競争しない」状況どう作り出すかを明らかにします。第4回は不協和戦略の「企業資産の負債化」型のなかから、リクルートの学習アプリ「スタディサプリ」と作業服大手のワークマンのケーススタディを紹介します。 ◇
不協和戦略
■企業資産の負債化 企業資産の負債化は、組み替えの難しい企業資産(ヒト、モノ、カネ、情報)、及び企業グループが保有する資産(系列店、代理店、営業職員など)が、競争上、価値を持たなくなるような戦略を打ち出すことによって、リーダーが同質化できない状況に追い込む戦略である。
▼スタディサプリ
リクルートは、大学受験における経済格差と地域格差の問題を解決しようと考えていた。都市部に住む裕福な生徒は放課後に予備校に通うことができ、模擬試験も好きなだけ受けられる。一方、地方在住で経済的に恵まれない生徒は、周りに塾や予備校もなく、模擬試験を受けるためにも、多大な旅費・交通費と時間をかける必要があった。 こうした社会的課題を解決しようとリクルートが考えたのが、一流の予備校講師を先生役に、インターネットによって動画で受講できる仕組みである。当初月額5000円で試行したが、期待したほど生徒が集まらず、その後月額980円で、何科目でも受講可能というシステムに変更した。980円という価格は原価から設定したものではなく、スマホでゲーム代に払う金額から導き出した。「スタディサプリ」は、こうして経済格差、地域格差を解決する手段として誕生したのである。 スタディサプリはまたたく間に普及し、開始3年で25 万人の受講者を獲得した。 当初、スタディサプリは、高校の先生に反対されると考えていた。彼らの職域を侵すからである。しかし、生徒の学習レベルに応じて個別対応ができることが評価され、学校単位で加入するところも出てきた。すなわち、授業についていけない子どもには、より基礎的なレベルから学習を進め、授業が簡単すぎて退屈な子どもには、先取り学習も可能にしたのである。 中学・高校とスタディサプリを続けていくと、例えば、中学の数学のある単元ができなかった生徒は、高校の三角関数のところで挫折するといった「つまずき予測」ができるようになった。すると、個別の生徒ごとに、スタディサプリで中学の数学の補習をしてから高校の三角関数に入るような個別対応もできるようになってきた。 ICT化の流れの中で予備校もそれに対応していかなくてはならないが、河合塾、駿台予備学校などの大手予備校は、大都市に多くの校舎を持ち、有名講師を多数抱えているため、校舎を捨ててオンラインにシフトすることは難しい。また、多くの会場を借りて行う模擬試験も、多くの受験生を集めて判定の信頼性を高め、実戦と同じ環境での試験を経験できるため、止めることはできない。 仮にスタディサプリと似たようなネット配信に進出したとしても、既存の校舎での受講料とのバランスを考えると、リクルートのような値づけは難しいと言えるだろう。
▼ワークマン
ワークマンは、工事現場などで働くプロの作業者向けに、仕事着や手袋などを販売する小売りチェーンとして誕生した。ターゲットを作業者に絞り、そのために必要な防風、防水、防寒などの機能に優れた商品を提供してきた。モデルチェンジせず、最低でも数年間は継続販売することから、大量調達による原価低減を可能にした。 ワークマンは、商品を廃番にするときと、端サイズの処分時以外には値引き販売せず、そのため高い利益率を確保していた。 その機能の高さが、プロ作業者ではない一般の消費者にも評価され、ワークマンはアウトドアウェアとして購入されるようになってきた。そうしたニーズに応えるためワークマンは、事業ドメインを「作業服」から「機能性ウェア」に転換した。 そのためにワークマンは、プロ顧客と一般消費者の両方にアピールできる「ワークマンプラス」という店舗を新設し、対応している。ここでは、機能性が高いウェアを安い価格で提供しており、プロ作業者だけではなく、従来ならワークマンに近寄ることもなかった女性客も急増し、ファミリー層にも拡大している。 一般のアウトドア・ファッション企業は、シーズン前に新製品を投入し、型落ち商品は値引きで在庫を一掃することを常としてきた。新製品が市場を刺激し、流通もそれを求めていたのである。 流行が激しいファッション業界にあって、ワークマンは機能と価格を両立させ(*1)、かつモデルチェンジしないことの価値もアピールし、大手ファッション企業に追随されない強さを誇っている。 ブランド名が知られてくると、高付加価値商品を出して商品単価を上げるのがアパレル業界の常識だったが、ワークマンでは、「ワークマンの神髄は低価格だから、付加価値商品を前面に出すことはしません(*2)」と語っており、従来のアパレル企業とは一線を画している。 (*1)ワークマンはポーター賞を2019年度に受賞。同賞は、機能と価格というように一見トレードオフの要素を両立した企業に授与されるケースが多い。他にも、トラスコ中山、星野リゾート、スター・マイカ、カイハラ、ガリバー(現:IDOM)などが受賞している。 (*2)「ワークマンプラスの仕掛け人 土屋専務のリーダー論 アメを先に渡せば責任を果たしてくれる」『日経トレンディ』2020年8月号 ※山田英夫著『競争しない競争戦略 改訂版 環境激変下で生き残る3つの選択』(日本経済新聞出版、2021年)、「第3章 不協和戦略―資源不適合を引き起こす」から抜粋。